実家の断捨離

お盆休みに実家に帰省しました。
ここ5~6年、帰省するたびに思うのは「物が多いなあ」ということです。ちまちまと片付けてみるものの、滞在期間が短いのと、意外なところで両親の抵抗に遭うため、物の処分はそれほどはかどりません。


オータの両親はともに70代半ばです。何に対しても「もったいない」「まだ使える」という気持ちが強く、物をため込みがちです。転勤などでこれまでに6回転居し、それなりに物を処分してきましたが、母は整頓下手、父はDIY好きで、家中がなんとなく雑然としています。

 

オータが実家の「断捨離」に乗り出すのはいくつか理由があります。まず両親が「終活」を意識し始めていること、オータ自身が物の少ない生活は快適だと実感していること、そして実家で暇を持て余してしまうことなどです。

 

両親が終活を口にするようになったのは数年前からです。「あなたたちに迷惑をかけたくない」「少しずつ身の回りを整理しなきゃ」「死んだら全部捨てていいからね」などと言い始めました。たぶんテレビに影響を受けての発言ですが、友人や親類ともそういう話をしているのだと思います。とは言うものの、何年も袖を通していない洋服や未開封の引き出物など、オータだったら真っ先に手放すようなものでも処分を嫌がるため道は険しいです。

 

今回は夫を置いてオータ一人で帰省したので断捨離の好機でした。頭の中でさんざんシミュレーションして臨んだのですが、しかし、なかなか思ったようにはいきません。結局処分したのは、①母の朽ちたベルト約20本 ②年代物のスパイス約20本 ③「世界文学全集」など豪華箱入本約50冊--でした。


①ベルトは母に内緒でこっそり処分しました。少なくとも10年以上放置され、朽ちたという表現がぴったりな状態でしたが、オータのお古も混じっていて申し訳なく思いました。ぜんぶ処分したかったのですが、ばれないように比較的きれいなものを何本か残しました(ばれていると思いますが)。

 

②スパイスはいちばん古いものが賞味期限1991年でした! それでも捨てるのを渋る母です。キッチンのいちばん使いやすい引き出しを占領していたスパイスたちに乙女のロマンを感じました。

 

③世界文学全集はインテリアとしての役目を終えました。母もオータも本好きですが、全集を手に取ったのは引っ越しの時くらい。購入時はなかなかのお値段だったはずですが、予想通りブックオフでは値段がつきませんでした(そのまま引き取ってもらいました)。


ほかに、オータがかつて使っていたちゃぶ台と姿見、使い勝手の悪い回転椅子や座椅子などを断捨離候補として一カ所に集めました。当初は市のバザーに寄付するつもりでしたが、家具は受け入れ停止中とのことで断念。オータならメルカリやジモティーを利用したり、フリーマーケットに出したりするのですが、両親にはハードルが高すぎます。田舎なので粗大ごみに出すのも大変だし、まだ使えるものを捨てるのは気が進みません。しかし、オータの滞在中は行き先が決まらず、そのまま置いてきてしまいました。中途半端な状態で放置するのは断捨離のタブーだというのに・・・痛恨の極みです。

 

その後、1週間ほどして母に様子を尋ねたところ、知り合いがすべて引き取ってくれたとのことでほっとしました。母の交友関係恐るべし。

 

たぶん両親としては自分達でやるから放っておいてほしいというのが本音だと思います。もう少し家の中がさっぱりしていればオータも見て見ぬふりをするのですが、いろいろ気になってつい手や口を出してしまいます。


これまでの経験から分かったのは「捨てる行為自体に抵抗がある」「よほど納得できる理由がないと手放せない」「いったん手放したらすぐ忘れる」ということです。なので、捨てずに済む方法を考えたり、捨てる理由(虫食い穴があるとか)を示したりしますが、こっそり処分するのもありだと思うようになりました。捨てていいか尋ねると首を縦に振らないくせに、そもそも存在を忘れているのでなくなっても気付かないからです。タンスの奥底の衣類、思い入れのなさそうな雑貨、たまっていく包装紙や紙袋や紐など、帰省のたびにひそかに処分しています。時には見つからないように自宅まで持ち帰ることもあります。

 

でも、こんなことをするのはオータに片付ける気力と体力があるからこそ。いつか両親が杖や車椅子を使ったり寝室を移したりするのに広いスペースが必要になった時、さらには家での生活が困難になった時、オータが今ほど動ける保証はありません。もちろん「手紙や写真は触らない」「どんなに古くても人形やぬいぐるみは捨てない」など両親の気持ちは尊重しなければなりませんが、小さな断捨離でもせっせと積み重ねていこうと決意を新たにしています。