吉村昭文学館のこと

吉村昭記念文学館に行ってきました。
荒川区の公共施設に併設されたこぢんまりした文学館です。取材ノート、自筆原稿、書簡などが展示されているほか、大量の資料に囲まれた書斎が再現されていて、実際に中に入ることができます。分かりやすい丁寧な展示で、吉村昭の執筆活動の軌跡だけでなく、文学館開設に関わった人たちの思いにも触れたようで胸が熱くなりました。

 

オータは40歳を過ぎてから吉村昭を知りました。初めて読んだ作品は「羆嵐」です。最初から最後まで途切れることのない緊迫感ある描写に、まるで映像を見ているかのような生々しい恐怖を感じました。
当時、オータは札幌の中心部にあるマンションの3階に住んでいて、絶対にそんなことはないと頭ではわかっているのに、ヒグマが窓を突き破ってくる想像におびえて戸締りを何度も確認しました。

事件が起こった三毛別にも二度行きました。一度目は作品を読む前、二度目は読んだ後で、同じ場所なのにまったく異なる印象を持ちました。ミツバチの羽音が聞こえるほど静かでのどかなところですが、事件のあらましを知った後は、周囲の茂みから今にもヒグマが飛び出してきそうな恐怖で車の外に長くいられませんでした。

(現地にはヒグマが民家を襲う様子を再現した実物大の展示があります)

 

その後、小学生のときからの吉村昭ファンという人と知り合い、「破獄」や「零式戦闘機」を勧められて本格的に読むようになりました。石に刻みつけたような揺るぎのない文体にすっかり魅了され、次から次へと読み進めました。

もっと若い頃に吉村昭の作品と出会っていたらその後の読書傾向が変わったに違いない、と悔しさを感じるほどのめり込みましたが、もしかすると若さゆえに面白さを感じることができなかったかもしれません。

 

文学館でいちばん印象的だったのは、書斎の本棚にずらりと並んだ市町村史です。あの本もあの本もこれらの資料を参照して書かれたのかと思うとしばらくその場を動けませんでした。

 
映像化された作品も多い著名な作家ですが、文学館は本人の遺志を反映した簡素なつくりで、隣接する図書スペースのざわめきが無造作に耳に届くほど開放的な雰囲気があります。

吉村昭のことを知らずにふらりと入った人が、その誠実な作品や誠実な展示に触れ、新しい読者になっていくことを予感させる場所でした。