目が覚めてグーパーするのは

朝目が覚めたとき、手指のこわばりを感じるようになって数年が経ちました。

目が覚めたらまず布団の中でグーパーをしてこわばり具合を確認しています。洗顔や食事の支度をしているうちに気にならなくなりますが、最近はしばらく手を使わないでいると日中でもこわばることがあります。あわてて握って開いてを繰り返してみても、うっすら痺れたような力が入らないような感じはなかなか消えません。自分の体なのに自分のものではなくなったようで、老化ってこういうことなのかなあとしみじみ思います。

 

インターネットで調べてみると、同じような症状に悩んでいる人がすごく多いことに驚きます。病気として疑われるのは膠原病(関節リウマチ)のようですが、今のところは痛みもないので更年期の症状と考えています。


手の力の衰えを初めて感じたのは30代終わりのころでした。トマト缶のプルタブを開けようとしたところ、なんだか指先がふわふわして力が入らなかったのです。その時は熱でもあるのかと訝しく思いましたが、しばらくしてジャムの瓶やお菓子の袋も開けにくいことに気づきました。それまで意識せずにしていたことが簡単にできなくなった!とかなりショックでした。


こわばりのほかにもう一つ気になっていることがあります。指のねじれです。

もともと人差し指の第一関節が左右とも少しねじれていたのですが、ここ数年でねじれがひどくなったようです。関節も心なしか太くなった気がします。ねじれた部分が痛むことがあるので、人差し指に力がかかる動作は思い切りよくできなくなりました。たとえば雑巾を絞る、洗濯ピンチ(ステンレス製で硬い!)を開く、カッターで切る・・などの動作はちょっと加減が必要です。

 

ねじれた人差し指を見ると父の指を思い出します。帰省するたびに不恰好に太く曲がっていく姿を見るのは悲しいものです。父はとても器用だったのに、70代半ばのいまは箸がうまく扱えなかったり、お皿を取り落したりすることがあるようです。

一方、母の方は家事に手仕事にスポーツにと手を酷使しているのに、相変わらず手先が器用でよく動きます。節が太くなったり曲がったりということも今のところありません。

しかし、オータはあらゆるところが父似。男女の違いはあれど、だんだんあんな手になるんだろうと覚悟しています。これからの人生の中でいまの手がいちばん美しい(はず)と心得て、たまにはハンドクリームくらい塗ってみようと思ったりします。

 

免許更新で5年の月日を思う

運転免許証の更新に行ってきました。

学生時代に免許を取得直後、3時間ほど公道で運転しただけのペーパー&ゴールドなドライバーです。前回の更新から5年の間に起ったあれこれが思い出されて感慨深いです。

 

免許証が出来上がって最初に思ったのは「5年分きっちり年を取ったなあ(見た目が)」ってことです。更新前の免許証写真を自分の顔と認識していたのに、そうではなかったことに軽く衝撃を受けました。年を取ると顔が伸びると言いますが、新旧2枚を並べてみると確かに縦横比が変わったような。もともとげっそり顔なのにさらに細長くなったというか、間延びした印象です。あと、色んなパーツの輪郭が少しぼんやりして、全体がごつごつと骨っぽくなりました。顔映りのいい明るい色味のブラウスを着ていったのがせめてもの救い。むかし青系のニットで撮影に臨み、ゾンビのような顔色になったことがあるのでそこは学習しました。

 

ちなみに、5年前(41歳)に新しい免許証を見た時の感想は「わあ、老けたなあ」でした。その前(36歳)の免許証が思いがけず写りがよかったので落差が激しかった。そしてそれほど目立つと思っていなかったほうれい線がしっかり刻まれていることにもびっくりしました。さらにその前(31歳)は顔色こそゾンビでしたが、まだほうれい線という言葉を知らない頃でした。

 

そして、今回は眼鏡を忘れていったん家に取りに帰るという失敗をしてしまいました。眼鏡やコンタクトを使うのがわずらわしく、7~8年前から裸眼で過ごしているのですっかり忘れていたのです。

いったん受付を済ませると、視力検査で不合格になっても更新手数料(3000円)は返金されないというので、往復1時間かけて家に戻りました。が、どこを探しても眼鏡が見つからない! ちょっと前に眼科で受けた検査では右0.5弱、左1.0だったので、ダメ元で裸眼で視力検査に臨みました。

 

結果、警察署では右0.1、左0.7で、3000円をどぶに捨ててしまった!とショックを受けたのですが、続けて行われた視野検査をクリアできたので晴れて免許更新となりました。視野検査・・・初めて知りました。

 

警視庁のHPによると、視力の基準は

・両眼で0.7以上あること

・片眼でそれぞれ0.3以上あること

・片眼が0.3に満たない場合は、他眼が0.7以上で視野が左右150度以上あること

だそうです。

 

オータは片目が0.7だったのでかろうじて更新できました。よかった~。次回は忘れず眼鏡を持っていかないと。5年後=51歳だから遠近両用を作っているのかなあ。

 

『カフェ・ソサエティ』

映像よし、音楽よし、脚本よし、客層よし。

 

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大人のための映画です。

 

オータは熱心なファンではないですが、ウディ・アレンの名前を聞くとちょっと心が躍ります。上映中に何度もくすくす笑いが起こったりして、久しぶりに周りの人との一体感を楽しめた映画でした。

 

年配のご夫婦や50~60代くらいの男性が多かったのが印象的でした。

 

 

また階段を踏み外してしまった

朝から派手に転んでしまいました。
電車に間に合わない!と焦って階段を駆け下りながらスマホで時間を確認しようとしたところ、最後の一段を踏み外して思い切り転倒したのです。あちこちぶつけましたが幸いストッキングもスカートも破れず、血も出ていなかったので、そのままほこりを払って走って駅に向かいました。

そのうち右腕がずきずきし始めたので袖をまくってみると、結構な激しさの擦り傷ができていて、恥ずかしいくらい血がにじんでいました。会社には普通サイズの絆創膏しかなく、仕方ないので何枚かずらして貼って傷を覆いました。

 

帰宅する頃には床にぶつけたひざや腰の方が痛むようになり、腕のことは忘れていたのですが、お風呂に入ろうとして腕の擦り傷と「キズパワーパッド」のことを思い出しました。

キズパワーパッドは傷口からの浸出液で保護して治す湿潤タイプの絆創膏です。数年前にやっぱり階段を踏み外してひざを擦りむいた時、某ブログで絶賛されているのを思い出して使ってみたところ、あまりに素晴らしかったので常備するようになりました。購入時は価格の高さに驚愕しましたが、使用感も回復度もそれまで使っていた普通の絆創膏とは段違いでした。

オータがいちばん気に入っている点は、水が染みないのでお風呂に入っても痛くないところです。そのうえ治りが早く、傷跡が残りにくいです。1枚当たりの価格は高めですが、粘着力が強くてお風呂や水仕事のたびに貼り換えたりする必要がなく、コストパフォーマンスがすごくいい商品だと思います。

 

絆創膏をはがしてみるとまだ血が滲んでいたのでさっそくキズパワーパッドに貼り換えました。自宅には普通サイズしかなかったのですが、ぎりぎり傷が隠れたのでそのまま貼りました。一般的な絆創膏は保護パッドから傷がはみ出すと粘着剤がくっついて剥がす時に痛い思いをしますが、キズパワーパッドは全体が保護材になっているので小さいサイズでもまったく問題ありませんでした。

 

こんなに素晴らしいキズパワーパッドですが、オータが思う唯一の難点は、浸出液がゲル状に白く膨らむので見た目が微妙(ちょっと不気味)なところです。今回は激しく擦りむいたので浸出液もたっぷり出たらしく、1日経つとぶよぶよの白い物質があふれんばかりで人には見せられない様相を呈していました。そんな状態でも痛みを気にせずお風呂に入れるので、「化学の力は素晴らしい!」と毎回感動しています。子供のころにこんな商品がほしかった!

 

大人になると怪我をしなくなると思っていたのに、オータはそそっかしく動きも雑なのでしょっちゅう怪我をしています。キズパワーパッドは切り傷くらいではもったいなくて使えませんが、少しひどい怪我をしたときは、痛くないし、治りが早いし、傷も残りにくいしで、自然治癒力の衰えつつある年代にはまことにありがたい商品です。

 

 

 

 

『クリスマス・カロル』

村上春樹の小説に出てきた「スクルージ爺さん」はこれだったのか!

 

クリスマス・キャロル (新潮文庫)

クリスマス・キャロル (新潮文庫)

 

 

「僕もまだ捨てたものではない。僕はスクルージ爺さんではないのだ。」

(『ダンス・ダンス・ダンス』より)

 

 

訳者は『赤毛のアン』シリーズを手掛けた人です。

手元の本はかなり古いもので、タイトルが『クリスマス・カロル』ですが、途中で「キャロル」に変更されたみたいです。

断捨離の基準は「ときめき」じゃなかった

ようやく衣替えが終わりました。
コートや布団などの大物は早めにしまったのですが、セーターやマフラーはほぼ手洗いしているため、お天気に左右されてなかなか片付きません。それでも今回は冬物を大量に「断捨離」したので、洗濯するのも片付けるのも格段に楽になりました。クリーニング代もちょっと減りました。

 

衣替えの時にクローゼットの中身を見直す人は多いと思いますが、オータはケチなのでなかなか処分できません。愛着があったり状態が良かったりすると、もう着ないかもとまた着るかもの間を行ったり来たりして踏ん切りがつかないのです。

が、今回の衣替えは断捨離の基準がはっきりしていたので処分するのに迷いがありませんでした。その基準はずばり「窮屈かどうか」です。

 

学生時代からずっと体重が変わらなかったのですが、40歳を過ぎて徐々に体重が増え、何よりも体に締まりがなくなりました。そして45歳の冬、筋肉が落ちて脂肪が付いたのを実感したのがニットを着た時の窮屈さです。何とも居心地の悪い締め付け感があり、1日が終わるとなんだか疲れていました。冬が終わる頃になって、疲れるのは服がきつくなったせいだとようやく気付きました。

 

考えてみると、シャツの半数は肩回りになんとなく違和感があるし、スカートもパンツもちょっと無理して着ているものがありました。次の冬に困るかもしれないと思ったものの、疲れる原因だったことに衝撃を受け、一気に処分することにしました。若い頃と違っておしゃれより健康第一。それに、今後もし体重を落とせたとしても、体型は戻せないでしょうし・・・。

 

そんなわけで大量の冬物を処分しました。コート・ジャケット3着、セーター11枚、カーディガン3枚、カットソー3枚、シャツ8枚、スカート7着、パンツ2本・・・あまりの多さに自分でもびっくりですが、何年もタンスのこやしになっていたものもあるので、ちょうどいい機会だったと思います。

 

ケチなので、断捨離の基準が「ときめき」だとなかなか手放せませんが、「窮屈さ」とか「疲労度」だとすっぱり諦められることを発見した今年の衣替えでした。

 

 

トイレが近い問題

ゴールデンウイークに帰省して親の老いを感じたわけですが、同時に自分の老化にも直面しました。

それはトイレ・・・トイレが近い!近すぎる!!

 

以前は「そんなに我慢すると膀胱炎になるわよ!」と母に怒られるくらいトイレに行かなかったのですが、この連休はなんだかやたらに行きました。

 たぶん前夜に父に付き合ってお酒を飲みすぎているのと、朝ごはんにコーヒーを飲むせいだと思うのですが、若い頃からトイレが近い母より頻繁に行くので心配されてしまいました。

 

いつからか夫と出掛けると要所要所で「とりあえず行ってきたら」と促されるようになりました。夫の方がオータのトイレ問題を切実に感じているのかも。でも外出先だと近いのに、会社ではあまり行かないのはなぜだろう? いつでも行けるという安心感があるから? 仕事中にあまり水分を取っていないせいかもしれません。

体調がいまいちの時は夜中にトイレに行きたくなって目が覚めたりするので、健康と老化のバロメーターだなあと実感します。

 

そんなことを考えていたせいか、やたらと頻尿改善の漢方薬の広告が目につき、つい体験談などをじっくり読んでしまいました。若い時にはまったく目に留まらない広告だったのに。そして、愛用者(女性)の年齢が49歳だったのでちょっとほっとした自分がいます。みんなどこかしら不調がでてくるお年頃なのよね。